とっしの楽しいは作れる

バスケとマンガが好き過ぎです。人生の「楽しいは自分で作れる」と思ってます。

いつかやろうはバカヤロー できなくなるときがあるよ!

こんちは!

とっしです!

「いつかやろうはバカヤロー」

そんな言葉がありますよね~

 

そんで自分の中で「確かにこの言葉大事だな~」

と感じたんで書いときます。

 

結論から言うと

「今日は一生に1回限り、いつかやろうはいつかできなくなっているよ」

 

ってな感じです!

 

 

いつでもできるは「いつかできなくなってる」いつかやろうはバカヤロー 

 

 

ふと朝目覚めて、変な夢をみました

なんだか久しぶりに懐かしい気持ちになったんです。

 

夢の内容は

「高校時代に部活をケガで休んでいて、リハビリをしていたら引退してしまっていた」

 

という「ん?どゆこと?」となるような夢でした。

ケガのリハビリをしながら「さあ引退試合まで時間ないからリハビ リ頑張ろ!」

って思っていたら友人から「昨日引退試合だったよ!」と聞かされる。

 

訳が分からない感じは夢をみている時の特徴ですね笑

 

「あ~もう終わっちゃったなぁ~」

「もう引退試合は二度とない」

「もう一生やることがないんだ」

 

そんな「悲しい」、「押しつぶされるような感情」を久しぶりに感 じたのです。


社会人になると

「もう一生できない」

というイベントに遭遇することがあまりなく

 

どちらかというと「毎日が同じことの繰り返し」

そんな毎日を生きているとどんどん感覚が鈍くなってくる。

その感覚っていうのが「もう一生できない」だから

「情熱」や「集中す」「感動」 をするといった感覚

 

それは今記事を書いている自分自身もそうだけど

夢をみて「もう一生できない」という感覚は

最近感じたことがなくてちょっと戸惑っていたりしてます。

 

そう思うと、「期限」って大事だな
ってことに気が付いた。

 

 期限があるから集中できる いつかやろうはバカヤロウー

 

社会人だって「定年」っていう期限があるじゃん!
って思ったけれど一般的には「40年」である。

 

こんなにめちゃくちゃ長いと「感覚」が麻痺どころか「感覚がない 」に近い

社会人3年で「感覚がマヒ」してくるんだから40年もたったらそ んな感覚ないことが簡単に予想できる。

 

大学生活は4年
高校生活は3年
高校の部活は進学する人で2年

 

そういった「限られた時間」だということを無意識に意識していたと思う。

だからこそか「今」この瞬間に情熱を傾けられたと思う。

じゃあ学生の頃とはもう違うのだから特に情熱もなく「無感情」に 生きていけばいいのか?

 

そういうわけではない、今でも情熱的に生きていけるし、感動して 生きていける。

なぜならぼくたちの命も「限られた時間」があって

でも80年とか90年と「長すぎる」感覚になっちゃう。

 

いつかやろうはバカヤロー 

 

だから「またあとでやろう」とか「いつかやろう」という考えにな ってしまい

「まぁ、大丈夫だろう」という感覚に陥いっちゃう

 

そんで気が付いたら

「またあとでやろう」とか「いつかやろう」としていたことがいつ のまにか
「もうできない」や「一生できない」に変わってる。

 

だから

「今できることはやっておかないと、気付いたらもうできなくなっ てしまう」

夢で見たように部活の「引退試合」はもうやり直しはできない。

「一生に一回限り」

 

学生時代もそう。

でも「今この瞬間の社会人」のぼくらも

「今日って日はやり直しがきかない」

「今日は一生に一回しかない」

そんな貴重な日だと気付けることでなんだか悲しいという感情を感じられる。

感じることで、「将来の不安」「漠然としたミライへの不安」を案外かき消してくれたりする。

 

そして

「あとでやろう」、「いつかやろう」と先延ばししている自分を行 動させてくれる
キッカケになったりする。

 

今この記事を読んでいたら今一度自分に言ってほしい

 

「今日は一生に1回限り、いつかやろうはいつかできなくなっているよ」

 

いつかやろうはバカヤロー

 

読んでくれてありがとう。